Topics

お知らせメール   はじめます!

いつもいつも、見つめてくださって応援してくださって本当にありがとう!


無精でマメでない丸尾めぐみですが、ダイレクトにお知らせを送れるようになればなぁ、とずっと思っていたことを実現してみようと思います。

 

続きはこちら

ドキュメンタリー作品「きょうを守る」

<東日本大震災ドキュメンタリー映画『きょうを守る』
第4回座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバルコンペティション部門入賞!>

ドキュメンタリー映画『きょうを守る』が第4回座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバルコンペティション部門に入賞。
さらに211日、入賞作品の中から 菅野結花さん(監督・撮影・編集・ナレーション)が新人賞を獲得しました!
彼女の視点からのみ生み出せた作品である、との大きな評価です。

<審査員(敬称略)
田原聡一朗(評論家・ジャーナリスト)
佐藤信(劇作家/演出家/「座・高円寺」芸術監督)
橋本佳子(映像プロデューサー)
森達也(映画監督・作家)
まつかわゆま(シネマ・アナリスト)

 

【作品解説】
2011311日、東日本大震災の津波で壊滅的な被害を受けた、岩手県・陸前高田市。
同年の夏、山梨県に住む女子大学生が、同市に帰省、母や友人、世話になった知人など、身近な9人へのインタビューを試みる。彼女自身、家族は無事だったものの、実家を流された。

自宅があった場所や避難所、仮説住宅、母校の高等学校など、思い入れのある場所で、「癒えない傷」「記憶」「ギャップ」など、8つのテーマが語られる。ふるさとへの思いや避難所生活への不満、報道への違和感など、震災後4~5ヶ月経った時点でのそれぞれの「震災」が、生々しい言葉と表情で語られる。監督は映像専攻の学生ではないが、被災者と同じ目線で撮影された映像は、反響を呼び、201111月以降、これまで国内60カ所で上映、英語字幕版も作られた。

監督は震災後、陸前高田への帰省を重ねる中で「今まで『当たり前』だと思っていた日常も、山梨で過ごしている今日の生活も、誰かに守ってもらっていたものだった」との思いを強くする。「陸前高田のこと、そして災害自体をも身近にとらえることで、その人の『きょうを守る』きっかけになれば」という思いが、作品のタイトルに込められている。

 

Release

お知らせメールの登録はこちら↓

3年と1ヶ月

けなげなスイセンたち
けなげなスイセンたち

未曾有の大地震と大津波、そして原発事故から

きっかり3周年の先月11日、

TVでは8.6ヒロシマ、8.9ナガサキの追悼式典と

同じように、式典の模様が放映され

様々なメディアも特集を組んだり、

特別な一日が過ごされました。

 

今もなお安心して暮らせる場所を定められず、

日々悲しみと不安の中で過ごしておられる

多くの方々のことを思うと、

「特別な一日」にしてしまって良いのだろうか?

という気持ちが湧きあがってくるのを

押さえられずにこの日を過ごしました。

復興は今だ2割しか実現できておらず、

     原発は安全が確認できたのかどうか、       1mの積雪後、大量の落葉

   再稼動への道へ方向を切り替えられています。     の下で確実に生きている!

     どうもわかりません‥。

 

1995年1月、阪神淡路大震災から1週間後の神戸に行きました。

寝ぼけマナコで見たTVのあまりの惨状に、とても現実のこととは思えず腰がぬけ、

気を取り直して「何ができるのか?」と神戸の教会に連絡をとりました。

“とにかく見に来てくれ”という、以外とも思えるお返事!

“いえ、お手伝いに行きたいんです、何ができますか?”

「実際に来て見て」くれることが重要なんです、と言われても

その牧師さんの真意は、その時の私には理解できませんでした。

5日間の滞在の間、避難所になっていた教会に泊めて頂き

牧師さんにいつの時も同行し、様々な交渉や情報集め〜広報のサポートをしました。

東京に戻り、現状をできるだけ詳しく伝える記事を書きました。

 

昨年11月、陸前高田に行った時のこと。

「遠く離れていても忘れないでほしい。そのために私たちからも

発信しないといけないと思っている」という言葉を聞き、

1995年の体験の意味が、突然霧が晴れるように、判りました。

みんなが記憶にとどめ続けることの大切さ。

いつの時も忘れず、<風化>させないこと。

この事は、当然だよ、あたりまえだよ、とは思っていますが、

私たちは「歴史」とか「記憶」という単語で語ってしまうと、

何か時間的感覚だけで物事をとらえてしまうようです。

ずっと考え続ける・自分の問題として考える・継続して実行する、ということは

案外大変な事です。でも、でも。

実際の被害に遭わなかった私たちにできる最大のことは

このことだと思うのです。

位置的に離れていても応援する気持ち、支えあう気持ち。

ずっと持ち続けたい、と思います。